第6号 平成24年5月1日
●結婚したくない友人
「や~だ、今さら結婚なんて。」これが口癖の私と同世代の悪友が二人、今も独身暮らしをしております。片方はバツイチ、夫が浮気をして別れたものの今でも夫が忘れられません。もう一方は一度も結婚しなかった人で、「いい人だな~」と思った男性はことごとく妻帯者だったそうな…。今、日本全土に「結婚したくない病」がはびこっています。
確かに今は女性にも生活力があって、健康でさえあれば夫に頼らずとも暮らしていけます。過去の日本とは違いますね。なにも好んで苦労する環境に飛び込んでいかなくても、自由な時間を気ままに過ごすことが幸せと感じるかもしれませんね。ただ今若くて元気で気ままが楽しくてもいつか自分と一緒に喜んでくれる人、悲しんでくれる人が欲しくなることも多いにあるのです。でも「ああ、やっぱり家族って必要かな?」と思った時にすでにアラフォーになっていたりすると前述の私の悪友のごとく「今さら結婚なんて…」と結婚が面倒くさくなってあきらめてしまうわけです。
地球上に生きるすべての生物はオスとメスが繁殖していかなければ種を滅ぼす…という運命を持って生きています。したがって、結婚する気持ちのない男性と女性が増え続ければ、(婚外で子供を産み増やそうと言う計画でも持たなければ)確実に人類と言う種は滅びの道に進みます。みなさんいいですか、「結婚したくない病」の先にあるものは人類絶滅ですよ。このままいくと日本人は絶滅します。
一昔前までは、結婚は乙女たちの憧れであり美しい夢でした。娘たちはドキドキして将来の旦那さんとの出会いを想像して夢見たのものです。けれども現在、誰とでもいつでも自由にセックスができることが結婚にあこがれていた多くの乙女たちからそんな夢を奪い取りました。
「結婚」とは相手だけではなく、相手や自分の家族に対しても将来責任を持つ関係です。また生まれてくる自分たちの子供に対しても責任を持たなくてはならない関係です。だから深刻なのです。復古主義者だの保守だのと言われるかもしれません。けれども私は、性の営みとはこの「結婚」中でこそ持たれるべきであると思います。
昔から言われているように、結婚前の男女は身を清く保つ。妻と夫はお互いに貞操を守る。(男の浮気は甲斐性と言うことわざは誤りです、念のため)エイズの蔓延と戦っているアフリカ社会の現実を見ても、種の保存のメッセージは明らかです。
「命を大切にすること」が声高に叫ばれている今であればなおさら、命を生み出す行為も大切にしなければならないのではないでしょうか。私たちは「性」についてもっと深刻に考えていく必要があります。「結婚」を守りましょう!
●英語を教育してはいけない理由
小学校で英語教育必須化…と聞きますと、「そりゃあ無理だわい。」と思う方が多いでしょう。
私もそう思います。基本的に言語の習得は教育と言うより言葉を繰り返し使って慣れていくことによってなされるからです。世界的に見ても難しい部類に入るだろう日本語を、その辺にいる幼稚園児たちはどうやって自由自在に使うまで覚えることができたのでしょうか。生まれたときからお母さんの愛情たっぷりの声で語られる言葉の一つ一つを、一生懸命聞いてきたからです。そして今度は「お母さんにこれを伝えたい。こんなことを知ってほしい。」そういう子供の思いが彼らに何とかしてお母さんとコミュニケーションを取らせるように働くのです。言葉はコミュニケーションの道具ですので、子供たちに「伝えたい」と言う気持ちを持たせれば自分で覚えて行きます。
逆に言語を体系立て学問として教育することもできますがそれができるのは中学校、高校の学習意欲のある子供たちに対してです。その頃には子供たちは言葉遊びや人まねの面白さを忘れてしまい、逆に恥ずかしさで十分な英語活動ができなくなってしまいます。学校で難しい文法だけをテストされて英語が嫌いになった記憶がありませんか。できれば言語は生活環境の中で習得されるべきです。スイスのように周りを囲む隣国が多い国では、3か国語4か国語を操れるような人がたくさんいます。今どの言語を国語にしてどれを第二にするか…と言うような論争があるようで、私にすれば少しうらやましい環境です。
今回の英語教育必須化で文科省の意図する結果が出るかどうかは、各学校が本格的実践英語活動を実施できるか否かにかかわってきます。なるべく多角的な面白い英語環境を作って子供たちに覚えたての言葉を繰り返し使わせることです。これがきっちりとできる指導員を各学校に一人づつ配置することを目標に、上越市でも民間人の採用を考えてはいかがでしょうか。それに踏み出すのが無理なら、せっかくコミュニティースクールになったわけですので民間にいる英語のできる方々にALTと言う立場でボランティアに入っていただきましょう。これからの国際社会で日本人が担う分野はとても大きいことを考える時、一つでも多くの外国語を使いこなせるように子供たちに機会を与えていきましょう。